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2016年3月3日木曜日

宇都宮LRT計画の展望と所感

 現在、栃木県宇都宮市ではLRTを新規に敷設する計画が持ち上がっている。

LRTとはLight Rail Transitの略で、超低床車両等新しい基軸を持った次世代の路面電車システムを指す言葉でヨーロッパをはじめとして世界各地で開業が相次いでいる市内交通システムだ。日本国内でも札幌や広島などで運行されているがどれも過渡期的な不完全なもので本当の意味でLRTといえるようなものは富山ライトレールのみである。そしてその富山ライトレールも既存路線の改良によってLRT化したものだ。即ち宇都宮市は日本で初めてLRTを完全に一から作ろうとしているのだ。

 LRTの利点としては以下のものが挙げられる。
 LRTで運行される車両はすべて低床型車両となっていて電停のスロープと併用することにより段差をなくし、車いすでもそのまま車両に乗ることができるバリアフリーな交通システムであるということ。
 LRTは車道の中央または路肩の部分を原則進入禁止としつつも併用軌道として通り抜け可能な状態にすることにより一般鉄道のように地域を分断することがない。
 LRTは軌道部分の自動車の侵入を原則禁止にすることにより渋滞に巻き込まれることなく定時制を確保できること。
 LRTは確固とした線路を走ることにより誰から見ても経路が分かりやすく、地元民以外の人にも利用してもらいやすい。
 LRTは1編成あたりの輸送力は乗用車はもちろんバスと比べても段違いなため朝ラッシュ等の大量輸送に適している。 
 LRTは電線から電気の供給をうけて走るので自動車のように排気ガスを出すことはないため地球環境にやさしく、都市のヒートアイランド現象や光化学スモッグ等を抑制できる。
 さらにLRTはパーク&ライドやトランジットモールなどと合わせることによって地域づくりにやくだつのである。

 宇都宮市はJR宇都宮駅を中心として商業施設、住宅街がおよそ同心円状に連なっている典型的な地方都市だ。ここでJR宇都宮線と直角に、東西方向にLRTを伸ばす計画だ。西は東武宇都宮を抜けて陽西町まで、東は鬼怒川を超えてテクノポリスセンターまでの全線約15kmを結ぶ計画で総事業費は383億円の予定だ。なお、事業費の半分程度は国からの補助金で賄う予定らしい。
 宇都宮市はこのうち宇都宮駅より東側を優先整備区画として先に建設する。理由としては宇都宮駅東西を結ぶ区間の建設に時間がかかることや西側はバス網が発達しており優先度が低いことだ予想される。
 東側の優先整備区間はバス路線の整備があまり進んでいない。これは比較的近年に自動車主体の街造りがなされていたせいだと思われる。これにより東側の主要道路は絶えず渋滞に悩まされてきたわけだ。これを解決するために敷設されるのがLRTである。LRTは東側の川を渡った先の工業地域への通勤輸送を主体としている。しかしこの工業地域に向かうのは人間だけではなく工業製品も向かうのだ。これをかわすために国道3号から工業団地までの間は道路上ではなく専用軌道を走るのである。

 現在、様々な勢力がこのLRT計画に反対して運動を展開している。反対運動をしている団体の意見を見てみるとまずどこも上げているのが渋滞だ。
 宇都宮市東口の鬼怒通りは現在片側3車線が確保されていることからもわかる通り車通りが非常に多い。そこに車線を減らす形でLRTを通したら渋滞が発生するというのだ。

 しかしこれはLRTを旧来の路面電車のイメージで語っているように思える。もしかしたら彼らにとってLRTとは低床車両が走るっていること以外は旧来の路面電車と同じと思っているのかもしれない。そこで、何故宇都宮でLRTを走らせても渋滞にならないかを見てみるとしよう。
 実はLRTが併用軌道を走る区間では信号の周辺に一時的に発生するものを除くと渋滞は発生していない。下記リンク(3)によると渋滞が発生しているのは国道4号線(新道)より先だけなのです。LRTは国道4号線(新道)の手前で専用軌道になるので現行の渋滞をさらに悪化する危険性はないわけだ。

 では駅前から専用軌道に入るまでの区間で渋滞が新たに発生する可能性はどうだろうか。この区間を走る車のうちバスに関しては多くはLRTに置き換わってなくなるだろう。この道を選ぶ乗用車の殆どはJR宇都宮駅の近くのマンションなどの住人だと思われる。これらの人が鬼怒川の先の工業団地に通勤するためにこの道を通るのだ。この需要はLRTが通ればほぼ確実にLRTに流れるだろう。そうなればこの区間を走る乗用車の数が減り、渋滞は発生しないわけだ。

 そもそもLRTの最大の役割は渋滞緩和にある。どの程度の大きさの車両を導入するかにもよりますがおよそ100人ほどが乗れる。これはバス3台分に近い数字です。また通勤の乗用車は基本的に一人乗りなので乗用車100台分の人を一度に運べるわけだ。LRTはバスと比べて定時性が高いため路線バスよりも選ばれやすい、さらにバスと比べると路線が分かりやすいというメリットもある。

以上がLRTを導入しても十太が発生しないと思われる理由だ。もちろん交通の流れが変わるまでには時間がかかるので開業直後は渋滞も発生すると思われるが。


 次に開業したところで収益はどうなのかという問題だ。
 この路線の主な目的は市内東部にある清原工業団地や本田技研などへの通勤だ。現在はこれらの施設への通勤は自家用車かシャトルバスに頼っている。これらの通勤需要は工業団地の規模から見てかなり大きいと思われる。さらにテクノポリスから駅前への買い物需要なども鑑みると大赤字になることはないと思われる。宇都宮市の試算によると年間支出は7・1~9・2億円、対し 収入は車通勤者のLRT転換率次第で7・4~9・3億円となっている。この試算を見る限り収益は問題ないようだ。

 Twitterや掲示板では工業団地が今後衰退するからすぐに無駄になるという意見も散見されるが、そういったことは今後は起き辛いと思われる。過去に起こった工業地帯の衰退は工場の海外移転によるものがほとんどだったが今後大規模な工場の海外移転が起こるとは考えづらいからである。逆に通勤手段の確立により更なる工業団地の拡大も視野に入れるべきだ。ここは市の誘致政策次第ではあるが周辺の土地利用を見る限りまだ発展の余地はあるように思える

 最も公共交通システムなので黒字にこだわる必要はないのだが。公共交通に関するものはそれ単独で赤字だ黒字だということ自体が間違いといえる。道路や橋などは一般に収入を直接得ることは不可能だから当然赤字も赤字、大赤字である。でもなぜ無くせといわれないかといえばそれが存在することによって経済効果があり、その額が維持費用を上回るからである。LRTをはじめとする鉄道も同じことだ。鉄道は運賃収入があるのでどうしてもそれだけで赤字だ黒字だといいたくなるが、本来はその路線が存在することにより発生する経済効果を加味して考えるべきだ。
 
 ほかに問題点として挙げられるのが乗り換え回数の増加とそれに伴う運賃の増加だ。
 乗り換え回数の増加は確実に起こる。特に西側においては駅前に集中している多数のバス路線の緩和という役割を持っている以上もはや必然である。しかしこれは大いなる利益のために我慢してもらうしかない。「大きな利益のために多少の不便は我慢する」これは日本人に足りていない考え方である。成田空港闘争など例には事欠かないがこの手の大きな問題が起きたときに海外からしばしば指摘されるのがこの点である。日本人は多数の人間の幸せのために少数が我慢することを良しとしない民族だといわれる。これにより日本人は皆が平等に不幸せな状態を望む傾向がある。この考えは文化は即刻なくしたほうがいい。
 運賃に関してはLRTとバス共通の運賃体系を組めば問題ない。これは運賃形態が難解になりがちという問題があるが、それはICカードでカバーできる。運賃体系は国内では距離制が一般的だがこの場合はゾーン制が適していると思われる。

 この宇都宮LRTに限らず新たな公共事業を進めようとするたびに出る意見が「人口減の世の中に新しい○○は必要ない。新しい○○は必ず負債となって未来の子供たちを苦しめる。」というものだ。
 これに関していえば巫山戯るなとしか言いようがない。そもそも人口減で緩慢な衰退を前提としている時点でそれを回避するという考えはないのかといいたくなる。そのうえ公共投資は無駄なものと決めつけるその態度が気に食わない。仮に人口減が避けれないものだとしても交通に関する投資は無駄にはならない。自家用車に頼らない交通網の整備は弱者にとって必要不可欠だし、人口が少ないからこそ早く、安全な交通手段が必要なのではないだろうか。
 尤も一番腹立たしいのは公共事業をやらずに浮いた金の使い道を今の年金増額だとか医療保険の拡充だとかというような目先の福祉に投資することしか考えていないことなのだが。
 
 車社会の宇都宮での導入は無理だという意見についてはそもそもの前提が間違っているとしか言いようがない。車社会からの脱却がLRTの主な役目の一つだからだ。この点に関していえば車社会であればあるほどLRTの必要性があるともいえる。



リンク集

1.
http://response.jp/article/2014/11/08/236884.html
宇都宮LRT、反対の理由は…反対派市民団体代表に聞く (Response)
2.
http://response.jp/article/2015/08/14/257887.html
ため息、やる気、戸惑い…宇都宮市と芳賀町が描く「路面電車の走る風景」  (Response)
3.
http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000072348.pdf
平成24年度栃木県の主要渋滞箇所の特定結果 (国土交通省)
4.
http://www.47news.jp/photo/763290.php
LRT導入の年間支出、最大9・2億円 宇都宮市が試算 (下野新聞)
5.
http://response.jp/article/2016/01/25/268437.html
宇都宮ライトレールなど、実施計画を申請…2019年12月開業目指す (Response)
6.


2016年1月23日土曜日

変な鉄道車両No.1 ベルギー国鉄195

MARUMOが選ぶ古今東西の変な鉄道コレクション。栄えあるNo.1は、ベルギー国鉄195号機!









見てのとおり、この蒸気機関車はボイラーが3つもあるんです。なぜこんなかたちの機関車を作ったのかはよくわかりません。恐らく試作車だったのだと思われます。
また煙突も特徴的です。3つのボイラーから出る煙突を一本にまとめたためすごくインパクトのある太い煙突になりました。

この変わった蒸気機関車が生まれたのは1888年。ベルギー国内の工場でした。
総重量は88トン、ボイラーが3つもある割には足回りは一般的な2気筒です。
軸配置は1B1(2-4-2)。
ちなみに初期のころは写真とは別の形の煙突がついていたそうですが形はよくわかりません。

 
この機関車はベルギーのどこで、いつまで使われていたのかはよくわかりません。いくら探してもこの3枚ともう一枚の計4枚の写真しか見つからないところを見るとあまり長い間活躍した機体じゃなさそうです。
また、この機関車と同じタイプの機関車は今のところ確認していません。ボイラーを増やしてもあまり効果はなかったのだと思われます。
 
イタリアにはこの機関車と外見がちょっと似ている機関車があります。その機関車も今後紹介していくつもりです。

2016年1月14日木曜日

五日市線岩井支線跡探検

MARUMOの廃線跡探検シリーズ第一弾。
まあブログに挙げてないだけで実際は結構あちこち行ってるんですがね。

今回は東京都奥多摩、武蔵五日市駅に行ってきました。目的の廃線跡はもちろん岩井支線です。

先日1月9日に余った18切符を消化しがてら五日市線に乗り、五日市線武蔵五日市~武蔵岩井間、通称”岩井支線”の廃線跡を見に行きました。

武蔵五日市駅に到着。


まあこの駅前には特に用はないのでソッコーで岩井支線の分岐点へ
ちなみにこの駅前広場はもともと貨物操車場だった場所です。

このあたりが元分岐点のあたり。右上が五日市線の高架線
奥の山の土留板のラインが元線路のラインです。私有地のようなので近くによって見たりはしませんでしたがもしたしたら他の地点と同じようにレールを用いた土留板かもしれません。
 

どうやらこのあたりの山の裾ラインがそのまま線路跡のラインのようですね。


道路脇に石碑郡を発見。

れっかがはげしくて読めないものが多いですがどうやら馬頭観音と書いてあるよう。

















おそらく一番奥の上部がかけた石仏が馬頭観音なんでしょう

さて、本来の目的に戻りましょう

すこし上ったところに10mほどだけ鉄道柵が残っています。


この先線路跡は道から少し外れて老人ホームの真ん中を突っ切るように進みます。















老人ホームを抜けた後線路跡は再び道路に並走します。
線路跡にある盛り土。しかしこれは線路の物ではなく廃線後に盛られたもののようです。



大久野中学校を抜けた後ここで秋川街道から外れて小道に入っていきます。


ここの駐車場の下にも鉄道柵が残っています。この駐車場は線路跡の盛り土を拡張したものか?

ここが大久野駅跡


駅跡は現在、語らいとふれあい広場という公園になっています。
駅の範囲とこの公園は完全に一致しているわけではないですがおよそ同じものとみていいでしょう。

この先は舗装されていない道に入っていきます。

この道は線路とバラストを撤去しただけで殆どそのままのようですね。

ここの土留板は線路を再利用して作られています。
そのうち一本の銘をみると新日本製鉄で1980年10月に作られたものだそう。この区間の廃線は1971年なのでここにひかれていた線路を再利用ってわけではないようですね。

途中で左側に分岐するのが今でいう太平洋セメントの子会社、太平洋プレコンの日の出工場へ向かっていた貨物支線の跡です。

太平洋セメントは会社の統廃合が激しいのでこの貨物支線が現役だったころの工場の名前はよくわかりません。

で、こっちが本線。

武蔵岩井駅方面です。この先は現在林道の工事中で立ち入りはできません。

ということで大回りして駅跡の前に回り込みました。


ここが武蔵岩井駅跡。近年までは武蔵岩井駅のホームが残っていて工場の従業員用の自転車置き場になっていたらしいが工事によって跡形もなくなっていました。

岩井支線はここが終点でした。
最期にここまで車両が来たのは1971年今から45年前のことです。その長い年月の中で鉄道の名残は確実に減っていき、今では鉄道柵程度しか残っていません。
その鉄道柵もじきに見られなくなりそうです。

秋川街道に建っていた工事のお知らせです。これによると秋川街道は拡張されるそうなので道路沿いの鉄道柵は抜かれてしまうでしょう。岩井支線に興味ある方は早めに行ってみることをお勧めします。

2016年1月1日金曜日

ループ化された札幌市電

12月20日、ついに札幌市電の西4丁目ーすすきの間が開通して長年の市民の夢がかなえられた。
延伸区間は僅か400mほど、短い距離だがこれによって札幌市電は環状線になった。はたしてどういた効果があるのか?どういった問題が発生しているのか?

私は早速12月28日に札幌に赴いた。


札幌市電の既存区間をはじめとする全国の路面電車の殆どは道路の中央分離帯の部分に線路が敷設されている。しかし延伸区間は路肩の部分、歩道に接する形でせんろが敷設されている。この方式をサイドリザベーションと呼ぶ。特に札幌市電のように道路の両サイドに単線づつ線路を敷設することをダブルサイドリザベーションと呼ぶ。

一般的な中央分離帯部分に線路を敷設するセンターリザベーション方式の問題点は停留所がも道路の中央にあるため、利用する時に道路の横断をしないといけないことだ。サイドリザベーション方式の一番の利点は歩道から直接電車に乗れるため道路を横断する必要がないことだ。しかし、その反面路肩に車を寄せることができないためタクシーの乗り降り、荷物の積み下ろし、バス停の設置などに支障がでる。


さて、ここからは写真とともに現地レポートの形で見ていくとしよう。この時札幌は雪が降っていたため雪が映り込んで見づらい写真があるがご容赦願いたい

まず私が降り立ったのはすすきの電停。

すすきの電停は今回の延伸開業に合わせて位置が若干移動し、新しくきれいな駅舎(?)が作られた。
またこの駅には折り返し用の引き上げ線が外回り線と内回り線の間にせっちされている。
かつてこの駅が終点だったころは折り返すのに時間がかかっていたために駅の手前で電車が渋滞しているのがよく見られたが今後はそういったことが起きる心配はなさそうだ。


駅の資生館小学校方面にある引き上げ線。雪で埋まっているためわかりづらいが手前の緑色の柱が車止めなのでそこから位置がわかる。

すすきの電停を出てすぐのところの交差点。じつはここの交差点がダイヤ上の最大のネックになっている。


左がすすきの電停、奥が狸小路電停。赤い服の人は市電の係員で、開業後すぐなので混乱なきように交通整理をしていた。

内回り線はいいのだが外回り線は場合によってはかなり長時間の信号待ちを強いられる。新規開業区間の札幌駅前通りも既存路線区間の月寒通も交通量がかなり多いため両方が赤になるタイミングでしか走れない市電は長時間泊まっている必要があるのだ。実際わたしが見ていた時も3分ほど信号待ちしていた。

さて、ささきの電停から札幌駅前通りを狸小路電停方面に向かう。


新規開業区間には電熱線が埋め込まれているらしく線路だけ雪がない。歩道のすぐわきを走るので雪が降ったときにはまさかササラ電車で雪を歩道に吹き飛ばすわけにいかないだろうしどうするのかと思っていたがこれなら問題なさそう。

電熱線のおかげで雪がないため自慢のササラを回さずに通過するササラ電車:雪3。

少し歩くと狸小路電停に到着。すすきの電停と西4丁目電停のちょうど中間に新たに設置された狸小路電停はすすきのからわずか2ブロックしか離れていない。信号待ちなどのことを考えると歩いた方が早いくらいだ。


内回り線狸小路電停と新型低床車両ポラリス。新時代の札幌市電を象徴するツーショットだ。

狸小路電停はその名の通り札幌有数の繁華街である狸小路にある。上記のとおり札幌市電初の歩道から直接乗れるタイプの電停だ」。車道上にある他の電停と違ってスペースに余裕があるためあゆったりとした作りになっている。今回新たに設置された狸小路と移転した西4丁目、すすきのの3駅はホームへの段差がなくスロープになっておりバリアフリー化が進んでいる。


札幌市電で一番新しい駅と旧型の営業電車。新旧の邂逅である。

ここからあるくこと数分。西4丁目電停に到着。


西4丁目電停(内回り線)

西4丁目電停は外回り線と内回り戦で電停の位置が大きく異なる。
内回り線は写真のように新規開業区間の歩道沿いに新たに設置されたのに対し、外回り線は従来の中央分離帯の位置に取り残されるような形で設置されている。



西4丁目電停(外回り線)

ここでは外回り線と内回り線で位置が異なってわかりづらいためか駅名を描いた札を持った係員が案内をしていた。


西4丁目電停の交差点ですれちがう内回り線の市電(A1200型)と外回りの市電(3300型)。外回りの電車はかなり大回りしていることがよくわかる。

一通り歩いてみてみて。市電の電停に行くのに道を渡る必要がないのはやはり市民にとってかなり助かることだと思う。しかし路肩に車を寄せられないという欠点はかなり大きそうだ。このあたりは繁華街で店舗が多く、荷物の積み下ろしなども多いだろうに。また繁華街なら夜はタクシーを利用する人も多いだろう。しかしタクシーも歩道につけることができないのである。
個人的に一番気になるのは自転車だ。冬のこの時期の札幌で自転車に乗る人は皆無なので問題はないが暖かくなって自転車を利用する人が増えると自転車はどこを走るかの問題が出てくるだろう。本来自転車は路肩を走るべきだがここでは市電が走っているため路肩に入るわけにいかない。かといって線路と車道の隙間を走るのも難しそうだ。かといって歩道もそんなに広いわけではない。自転車をいかに安全に通行させるかが今後の課題となるだろう。

2015年8月3日月曜日

貨車の記号のまとめ

コキ107、ホキ800、ワム80000、ソ80等貨車にはいろいろな形式があります。それぞれの形式名についてるカタカナの意味にを解説します。

国鉄/JRの貨車には1~3文字のカタカナがついてます。これはそれぞれ
一字目
その貨車の種類。必ずついている。
二字目
積める荷物の重さ。貨物の搭載を目的としない形式にはない(上記ソ80等)
三字目
必ずフ。車掌室がついていることを表す。ちなみにフとはブレーキのフで昔は車掌者にしかブレーキがついてなかったことにちなむ。
を示している。
また一文字目の前に小さくカタカナが書いてあることもあります。これは特殊用途記号といいます。

ではそれぞれの文字の意味を描いていきます
まずは一字目

営業車
ワは有蓋車でワゴンのワ
テは鉄製有蓋車でテツのテ
スは鉄側有蓋車でスチールのス
カは家畜車で カチクのカ。
ウは豚積車でウシのウ。昔は家畜車との区別がなかったことの名残。
ツは通風車でツウフウのツ。
ナは活魚車で サカナのナ。
パは家禽車でパルトリーのパ。
ポは陶器車でポッタリーのポ。
レは冷蔵車で レイゾウのレ。
トは無蓋車でトラックのト。
クは車運車でクルマのク。
シは大物車でジュウリョウのシ。
チは長物車でチンバーのチ。コンテナ車も当初は「チ」を使っていた。
コはコンテナ車でコンテナのコ。
←JR貨物コキ107形コキ107ー93
 20140317 名古屋貨物ターミナル 筆者撮影










リは土運車でジャリのリ
タはタンク車でタンクのタ。
ミは水運車でミズのミ。
ホはホッパでホッパのホ。
セは石炭車でセキタンのセ。

事業用車 これらは三文字目のフはつかない
エは救援車でキュウエンのエ。
キは除雪車でユキのキ。
ケは検重車でケンジュウのケ。当初はコだったが上記コンテナ車に記号を譲った。
サは工作車でコウサクのサ。
ソは操重車でソウジュウのソ。
←国鉄ソ300形ソ300
 20140324 碓氷峠鉄道文化むら 筆者撮影










ヒは控車で ヒカエのヒ。
ピは歯車車でピニオンのピ。
ヤは職用車・試験車で 役務車からヤクムのヤ。
ヨは車掌車でヨウムのヨ。


次に二文字目

なし 13t以下
ム 14t~16t
ラ 17t~19t
サ 20~24t
キ 25t以上

三文字目は前述のとおりフのみで車掌室の有無を表す。


次に私鉄編です。
基本的に私鉄も国鉄(JR)の表記に準じてることが多いですがたまに独自の記号を付けている場合があります。また記号を付けずに番号だけで管理していることもあります。以下の内容は一部推測を含みますので注意してください。


秩父鉄道
ヲ 国鉄でいうとホにあたる記号でヲキ100、ヲキフ100が在籍する。


大井川鉄道
C カタカナの前について中部電力所有であることを示す。井川線用貨車には必ずついている。Cト100、Cトキ200等が在籍する。
←大井川鉄道Cト100形Cト101
 20150730 千頭駅 筆者撮影











キ 国鉄(JR)では上記のとおりキは25t以上をさすが大井川鉄道井川線では単に「比較的たくさん積める」という意味のようだ。Cトキ200、Cシキ300が在籍する 


井笠鉄道
ホ 種別記号の前についてボギー車であることを示す。廃線になったため現役車両はないが井笠鉄道記念館にホワフ1が保存されている。



客車編も近日公開予定

2015年3月25日水曜日

ヨーク~イギリス国立鉄道博物館に保存されているきかんしゃトーマスのモデル機関車たち

ヨーク(York)にあるイギリス国立鉄道博物館(National Railway Museum)には保存されている鉄道車両の中にはきかんしゃトーマス(きしゃのえほん)に登場する車両のモデルになったものが多数含まれます。

画像は先日(現地時間3月20日)に訪れた際に撮った写真です。



スティーブン(Stephen)
映画きかんしゃトーマス キング・オブ・ザ・レイルウェイ トーマスと失われた王冠から登場する古典蒸機機関車。
 モデルは世界初の営業用蒸気機関車ロケット号。ヨークにあるのは復元模型。1829年に作られた実物はサイエンス・ミュージアム(ロンドン)に保存されている(改造が施されているため開業時の姿ではない)。
反対側はカットされていて内部構造がよくわかる。




スタフォード

蓄電池機関車と呼ばれる電気機関車の一種で、その名のとおり蓄電池の電気でモーターを回す。
この車両のボンネットの中身はほぼ蓄電池でモーターは床下にある。

ダック (Duck)
ナンバーは8。本名はモンタギュー。
 モデルはGWR 5700 Class(グレート・ウェスタン鉄道5700クラス)。厳密にはこれではないのだがほぼ同型機なのでモデル機として紹介する。このタイプは大量生産せれている。トーマスのキャラクターの中で最も仲間が多い。


スペンサー(Spencer)
 クラスA4。このマラード号は世界最速の蒸気機関車である。アニメにのみ登場するスペンサーは彼の同形機。ちなみに原作絵本にはマラード自身も登場している。

エミリー(Emily)

 スターリング・エイト・フーター。グレート・ノーザン鉄道の機関車で動輪が一軸という珍しい機関車。

ネビル
 クラスQ1。厳密には違うらしいがまあ準同型機みたいなので。。。

ウィフ
NER 66 Aerolite(ノース・イースタン鉄道66エアロライト)



 セレブリティー
 本人





ディーゼル261&オールド・スタックアップ

オールド・スタックアップは原作にのみ登場する
 クラス40

工場のディーゼル(the "Works Diesel")
これも原作のみ登場。人形劇版ではボコなどに役目を奪われた
クラス47。

2014年3月15日土曜日

オレンジエンパイア鉄道博物館 (Orange Empire Railway Museum)

オレンジエンパイア鉄道博物館 (Orange Empire Railway Museum)とはアメリカ合衆国カリフォルニア州ロサンゼルス郡ペリスにある鉄道博物館である。

オレンジエンパイア鉄道博物館は寄付とボランティアによって運営されているため展示車両の状態はあまりよくない。というかおそらく廃車体を全く整備せずに搬入して展示していると思われる。

休日には動態保存車両の運転会を行ってるらしい。普段は動態保存車両達は車庫に入ってるため確認できない。

私が行ったとき(2014年3月上旬の平日)の時点では88両の車両が屋外展示されていた(立ち入り禁止区域のものも含む)。ただし保存車両はたびたび変わっているようなのでこのブログを見て行ったとしても同じものが見れるとは限らないので注意

公式サイトには約200両の車両がコレクションとして紹介されている。

また、ほとんどの展示車両には解説がないので注意してください。最低限のアメリカの鉄道の知識を身に着けてから行くのをお勧めします。もっとも、日本で手に入るような情報はまるで役に立ちませんが・・・
また、写真の上のナンバーは私が勝手に撮影順にふったもので特に意味はありません。ただの管理番号です。


No.88
まずはこの博物館の屋外展示のなかで一番の目玉と思われる大型蒸気機関車(まあアメリカでは中型の部類ですが・・・ボソッ)
ユニオン・パシフィック鉄道(Union Pacific Railroad)のNo.2564です。
1921年アメリカン・ロコモティブ(American Locomotive Company )のブルックス・ロコモティブ・ワークス(Brooks Locomotive Works)工場製の1-C-1(ミカド)型蒸気機関車です。
ちなみにアメリカン・ロコモティブはかの有名なビックボーイを作った会社でもあります。
また、ブルックス・ロコモティブ・ワークスはアメリカン・ロコモティブは日本向け蒸気機関車を作っています。たとえば明治村の尾西鉄道1号はここの生まれです。

さて、話がそれましたね。
この機関車は重さは300000ポンド・・・約136tです。大体日本のD52と同じくらいですね。
Driving wheel diameter・・・動輪径は63インチ・・・約1.6mです。D52が1.4mなので結構大きいですね。ちなみにC62は1.75mです。

時速63マイル・・・約時速100キロまで出すことができる。
水容量10000ガロン・・・約38t
石炭容量17t
出力2800ps


元々ロサンゼルス&ソルトレーク鉄道(Los Angeles and Salt Lake Railroad)の3725だったが1922年に2725に改番され、1923年にユニオン・パシフィック鉄道のオレゴン・ショート線に譲渡されて2564になった。
1955年までアイダホやユタで長距離貨物などを引いていた。
1959年にカリフォルニア州のオデ・グランデで保存された。
そして1996年の8月にこの博物館にやってきて。以来展示されている。

状態はあまりよくなく、ヘッドライト部には木箱で覆いがしてあるし、メインロッドや元空気だめもなくなっている。


この博物館の屋外展示は主に客車と貨車で構成されているため、蒸気機関車はこれともう一両(後術)しか確認できていない。





屋外展示されていたもう一台のSL。狭軌のタンク機関車。
典型的なサドルタンク機関車で軸配置は0-6-0(C)。弁装置はワルシャート式。
製造所、所属会社、形式名、製造年など一切不明。現在調査中です。




操重車と控車
日本のソ80と比べるとかなりごついです。台車は二軸ボギー台車。自走はできないようです。側面にはSPMW 70 90と書かれています。形式名でしょうか?





Santa feの郵便車
NO.2055 1930年PC&M製
三軸台車を履いた郵便車。日本の郵便車と同じく車内が郵便局のようになっていって走行中に仕分けなどをやっていたようだ。


2013年11月16日土曜日

名古屋市電と日清戦争第一軍戦死者慰霊碑

名古屋市電と日清戦争第一軍戦死者慰霊碑
 
現在の名古屋市中区栄町付近です。
奥の日清戦争第一軍戦死者慰霊碑はのちに移され、現在は日泰寺の裏にあります。
手前の名古屋市電は1937年製造のLSA形181で1956年11月25日廃車。
 
諸元は
車体製作所名 : 名古屋市電気局西町工場
定員 : 50人
自重 : 8.3トン
車体最大寸法
長 : 8,475mm
幅 : 2,337mm
高 : 3,530mm
客室内寸法
長:5,62mm
幅 : 2,078mm
台車 : ブリル21E形
軸距 : 2,286mm
電動機 : GE249A(33馬力)2個(171 - 204)